恩師の訃報
学部生時代の恩師が亡くなった.
突然の訃報だった.亡くなったのは先週.告別式は身内で済ませたという.
昨年末に倒れたとのことで,お盆休みにOBが集まって激励会を催したばかりであった.が,結局先生は欠席.皆で色紙に励ましのメッセージを書いたのだが,会の前に先生宅にお見舞いに行ったOBもいらした.
恩師には会えなかったが,会では学部在籍中に院生だった先輩方との久し振りの再会に喜んだ.一方退官されて何年か経つのに,未だ沢山のOBが集まる恩師のその人望には感心した.しかも殆どが私より年上の方々である.
その時,お見舞いに行った方々の話では,先生は体こそ大分弱ってはいるものの,気力はまだ健在,との事であった.あの先生がそう簡単にくたばるわけがない,年末に帰省の際にでも,顔を出そうと思ったのに.
「今が大切」,本多光太郎先生のお言葉がここでも身に沁みる.
すいません,光太郎先生,身には染みているのですが,そこからちっとも学んでいません.
なんというか,魅力がある人であった.
学部の4年で先生の研究室を選んだ理由として,自分のやりたい分野にもっとも近かったこともあるが,先生と,助教授(当時)の授業が解りやすく,興味を持てたからというのが大きかった.だが,先生の研究室には学部の一年間しか在籍していなかったし,教授付の研究テーマではあったが,実際の直接の指導は院生や内地留学されていた先輩がしてくれたし,直接研究指導を仰いだ事は数えるほどであった.正直,どうしてあれ程卒業生が慕うのか良くわからない部分もあった.しかし,そんな私にも「心に強く残る人」なのである.
考えてみれば,私がこの道に進む下地を作ってくれたのがこの研究室で,ここぞと言うときに立ちふさがり,そして助けてくれたのはこの先生であった.まあここでは書かないが,従って色々不義理もしている.
「最初の一年」というのはただでさえ印象深い.その最初が先生の研究室で良かったと今でも思う.今は当時と全然違うことはしていても,先生の研究室での一年は,今の私の研究生活の「原点」として大きな影響を及ぼしている.この研究室と,先生のお陰で,今の自分がいることは確かである.
卒業する時だったか,先生に言われた事がある.
「女性が働くのなら,ちゃんと結婚して子供を産んで,働いてそれで一人前だ.全部やりなさい」
その時は「なんでそんな当たり前のこと・・・」と思ったが,実際やってみて大変ですな.そして当時はまだバブルの余韻で,独身女性は勢いがあったけれども,働く既婚子持ち女性は今より大変で割合も少ない時代だったし,そもそも男ばかりで女性は消費税より(当時3%・・・歳がばれる)少ない業界であった(今も消費税以下だと思うけど).そして言い方は悪いが,先生も言わば古い世代なわけで,だからこそ尚更そういう発言をされたのだろうと思う.
結局,先生の言われる通り,結婚もしたし,子供もいる.まあ仕事の良し悪しはともかく,何とか仕事も続けている.あっぷあっぷだけど.
まあ,結婚して子供もいてバリバリ仕事もしている女性は世の中幾らでもいるし,やっぱりそんなの普通だという思いは変わらないし,独身は独身で大変なのよ,とも思うけど,それでもつくづく世の「働くお母さん」を尊敬する.んもうヒラリー・クリントンさんとか,共和党副大統領候補のサラ・ペイリンさんとか,すごいっす.
他大学の院に進んでからも,在職中は時々研究室に顔を出していたが,色々勝手をして出て行った私を先生は教授室に歓迎して下さった.退官されてからはなかなかお会いする機会もなく,先輩の計らいで,昨年帰省した折に居酒屋で一緒に飲んだのがお目にかかった最後であった.
その時だったか,先生に「全部やって偉い」と褒められた覚えがある.ちゃんと覚えていたんだなあ.
でも,全然だめっす.まだまだっす.
ご恩に報いることが出来ず,申し訳ない気持ちでいっぱいである.
先生のご冥福を心から祈る.
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Posted: Wed - September 3, 2008 at 11:38 PM
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